働き方、生き方に、新しい風を吹き込もう
株式会社コトノネ生活 代表取締役
季刊「コトノネ」発行人・編集長 里見 喜久夫 氏
「社会を楽しくする障害者メディア」をキャッチフレーズに、障害者福祉をテーマにした季刊「コトノネ」。高いデザイン性とやさしい語り口の文章、独自の視点で、全国各地の働く障害者の姿を伝えています。
季刊「コトノネ」では、2022年2月から「『協同労働』という生き方」が連載されています。
「コトノネ」の編集長は、今も自ら率先して全国を取材で飛び回る里見喜久夫さん。
今回は、「コトノネ」で協同労働を取り上げる意味、労働者協同組合の面白さ、そして期待することなどについて語っていただきました。
連載のきっかけ
「コトノネ」は全国の障害者施設、就労支援施設の経営改革に関する様々な提案をおこなうことを目的に、2012年1月に創刊されました。きっかけは東日本大震災。激しい揺れと福島原発の姿にぼう然とし、被災地の障害者および障害者施設の復興支援をしたいという想いから創刊を決意しました。
「生きるために働いていたはずが、いつの間にか、働くために生きていた?」
連載「『協同労働』という生き方」は、この問いかけから始まりました。
世の中の当たり前が、実はだんだんおかしくなっている。でも、それに気づいていない人も、気づかぬふりをしている人もいる。そんな当たり前を変える力が協同労働にはある。
その可能性に気づいたのが、連載のきっかけでした。
理論より現場。働くって面白い!
協同労働に興味を持ち始めてすぐ、ヨーロッパの労働者協同組合についての本を読みました。しかし、内容はさっぱりでしたね。正直、学問的な本が多くて、理解するのが難しかったのです。
その考えが変わったきっかけは、協同労働を実践する鹿児島の学童を取材した時でした。そこでは、子どもたちが鶏を捌いて、命をいただく勉強をするんですよ。そこでやっと「なんかおもろいことやってんな」と思ったんですね。
現場を見て、理論的で難しい協同労働から、僕にない働き方を教えてくれる存在に変わりました。そして、協同労働の面白さを追求しようと思い、コトノネでの連載を起案しました。
その際も、真面目な切り口から語るのではなく、失敗や笑いの中から新しい発見が出てくるようなものが書ければいいなと思いました。
時間をかけてもいい。本質をみつけだすためなら。
「『協同労働』という生き方」では、ワーカーズコープ・センター事業団の東葛地域福祉事業所、埼玉西部地域福祉事業所、登米鱒淵地域福祉事業所、はんしんワーカーズコープ、創造集団440Hz、但馬地域福祉事業所の計6か所の事例を取り上げています。(2023年5月時点)
「あほらしい」話し合いこそ「本質」をあぶりだす。
取材に行った6か所とも、ストーリーのどれをとっても面白いんですよ。なぜかって、普通は成功した事例を答えるわけですよね。でも、皆さんは失敗についても率直に伝えてくれるんですよね。
例えば、連載で最初に取り上げた東葛地域福祉事業所では、一番の責任者が社用車でもタバコをやめられない、困った人ですよね。もし一般の企業ならば、社用車でタバコは吸ってはいけないとルールで決まっているでしょう。しかし、東葛地域福祉事業所の組合員は、タバコを吸えるか否かを、議論したんですよね。「もうほんまあほか」って思いましたよ。
一般の企業ならば、もっと合理的に片付けられると思います。一方で、協同労働では一見無駄なことでも議論する。あほらしい話し合いのはずなのに、実は本質的な話で、実はそこからものすごく大事なことが見えてくるのだと思います。
効率ではなく「折り合いをつける」。信頼がなければ生まれない関係性。
登米鱒淵事業所も印象に残っていますね。登米(宮城県)の地域のお年寄りの方はとても元気なんですよ。お年寄りというのが失礼なくらい。事業所に新人が入った時も、ブラシから衣類、自転車まであらゆる家財道具を1日で揃えてくれたりと、もううるさいくらい世話するんですよ。その時、こうやってみんなで支え合って、登米に来た者はみんな楽しく生きていける、とてもいい所だなと思いました。
「うちの所長ほっといたら何するか分からないから、私達がしっかりしてやらないとだめなんですよ」と、地域の方々が所長本人にもズバズバ言うんですよね。その関係性が羨ましいなと思いました。
うまく物事を進ませる秘訣って、一人が頑張るというよりは、みんながやりたいことを見つけられるか、なんですよね。協同労働は、スピーディーではないけれど、少しづつ折り合いをつけながら、納得のいく結果を出せる所が魅力だと思います。
6つの事例を取り上げて
協同労働というのは、自分の大切なことを見つめる、相手が大事にしていることを認めるといったプロセスを大切にしているんですよね。それに時間がかかるのは二の次です。今までは早く仕事をして、お金を稼いでといった価値観に捕らわれていましたが、協同労働の世界に触れて、多くの学びがありましたね。
精神的な弱さを抱えながらも、副所長として活躍している方と出会って、協同労働ってこんなに人を活かすことができるのだと思いました。今まで僕は「弱さ」という存在は、切り捨てられる起因にしかならないと考えていました。しかし、「弱さ」を活かして同じ境遇の者に寄り添うだとか、見方によって「弱さ」は「強さ」に変わるんですよね。協同労働というのは、色々な人の可能性を表現できる場なのだと感じました。
「『協同労働』という生き方」の取材は、今の世の中にある常識をひっくり返してみて、そこにある面白さを発見する作業のように思います。今後もでこぼこなままで働く面白さを表現していきたいです。
分断された時代だからこそ、自分で考え語れる働き方と生き方を。―労働者協同組合への期待―
「『協同労働』という生き方」の連載を続けて、気づきがありました。
僕が若い頃は、何とか良い社会を創らなければならないと、労働者皆で連帯して働いていました。特に中小企業はその傾向があったと思います。しかし、徐々に、大企業と中小企業で働く労働者の価値観は分かれ、正規雇用労働者と非正規雇用労働者にも別れました。労働者の連帯はさまざまな「会社員」に分断されました。
いま、彼らに新しい生き方を提示できるのは労働者協同組合の働き方なのではないかと思います。1人1人が自分で考え自分を語り、自分を聞いてもらう。そこが根底にある組織づくりに挑戦してほしいです。そして、労働者協同組合が社会にどんな労働を提示していくのかが楽しみです。
里見喜久夫 氏 プロフィール
1948年大阪府生まれ。株式会社ランドマーク、株式会社コトノネ生活代表取締役。2012年に季刊『コトノネ』を創刊。発行人・編集長。一般社団法人農福連携自然栽培パーティ全国協議会、NPO法人就労継続支援A型事業所全国協議会の設立に関わる。