「幸せをつくる協同労働」

金城学院大学 人間科学部 教授
朝倉 美江(あさくら みえ)氏
地域福祉、生活協同組合福祉、多文化共生を研究しながら、愛知県内で協同労働の普及にも関わってきた朝倉美江氏。労働者協同組合法の施行を、地域に必要な仕事を地域の人びと自身がつくっていくための大きな契機として受け止めています。
福祉、ケア、多文化共生の視点から、労働者協同組合が地域社会にもたらす可能性について伺いました。
「人の幸せをつくる」福祉との出会い
私が社会福祉に関心を持った原点には、高校時代に読んだ文章の一節があります。そこには、社会福祉学とは「人間を総合的に捉え、人の幸せをつくるための学問」だと書かれていました。
当時の私は、その言葉にとても惹かれました。困っている人を助ける、制度につなげるということだけではなく、人がどうすれば幸せに生きられるのかを考える学問なのだと感じたからです。その後、イギリスのセツルメントやコミュニティケアについて学びました。施設の中だけで人を支えるのではなく、地域の中で暮らしを支える。住民自身が地域を変えていく。そうした考え方が、私の研究と実践の土台になっていきました。
その後、杉並区の住民主体の配食サービス、生協のくらしの助け合い活動、生活協同組合福祉の実践などを調査研究してきました。そこで強く感じたのは、地域には本当にいろいろな人がいて、多様で深刻な課題があることも含めて、ごちゃごちゃしながら話し合い、そこから何かを生み出していくということの面白さでした。地域福祉の存在意義は、まさにその中にあると思っています。
法制化の意義と労働者協同組合への関心
私が労働者協同組合に関心を持ってきた背景には、生協・JAの助け合い活動や有償ボランティアの限界への問題意識があります。地域には、介護、子育て、居場所づくり、生活支援など、これからますます必要になるケアの仕事があります。ただ、それをボランティアだけで担い続けることは難しくなっています。担い手の高齢化もありますし、若い世代が生活を成り立たせながら参加することの難しさもあります。必要なことだから無償で、あるいは低い対価で担うという形だけでは、長く続けることができません。
だからこそ、地域で必要とされるケアを「ちゃんと暮らせる仕事」にしていくことが大切です。労働者協同組合は、そのための一つの器になり得ると思います。組合員が出資し、話し合い、意見を反映しながら、自分たち自身も働く。地域の課題を誰かに任せるのではなく、自分たちの仕事としてつくっていく仕組みだからです。
労働者協同組合法ができたことの意味は、単に新しい法人格が一つ増えたということにとどまらないと思います。これまで地域の中で実践されてきた協同の働き方に、社会的な名前と制度的な支えが与えられたことが大きいのではないでしょうか。制度ができたことで、自治体や生協、NPO、福祉関係者、大学、金融機関なども、労働者協同組合を地域づくりの選択肢として考えやすくなりました。

「幸せをつくる協同労働」に込めた思い
私は以前、労働者協同組合法周知フォーラムで「幸せをつくる協同労働」という題でお話ししました。この「幸せ」という言葉には、福祉を問題解決だけに閉じ込めたくないという思いがあります。福祉の現場は、困難な課題を抱えた方々をどう制度につなげるか、どう支援するかに追われがちです。もちろん、それはとても大切なことであり、人手不足の深刻さも背景にあります。ただ、それだけではなく、「その人は何をしたいのか」「どうすれば地域の中で希望を持って暮らせるのか」を考えることが必要だと思います。
認知症のある人、障がいのある人、ひきこもり状態にある人。制度の枠だけで見ると「支援が必要な人」と捉えられるかもしれません。でも、地域の中に居場所や役割があれば、その人の見え方も、関係のあり方も変わっていきます。本人が何かを担う側になることもありますし、誰かと一緒に新しい活動を生み出すこともあります。
労働者協同組合は、地域の課題を解決するだけではなく、そこに関わる人たちの「やりたいこと」や「こう暮らしたい」という願いを形にし、それを地域に必要な仕事にしていく可能性を持っています。そこに、協同労働の大きな魅力があると思います。

ケアを商品ではなく、お互い様の仕事にする
私が特に大切だと感じているのが、ケアの領域です。人は誰もが一人で生まれ、一人で育ち、一人で歳を重ねることはできません。子育ても、介護も、病気や障がいのある人の支援も、誰にとっても無関係ではありません。だからこそ、ケアは一部の人だけが受けるサービスではなく、社会全体で支え合う共同の営みだと思います。
一方で、介護保険制度以降、ケアはサービスとして市場化され、商品として扱われやすくなりました。サービスとして整備されることで支えられた暮らしもたくさんあります。ただ、ケアが商品としてだけ扱われると、支える側と支えられる側が分かれてしまいます。本来、ケアは相互的なものです。いま支える人も、いつか支えられるかもしれない。いま支えられている人も、別の場面では誰かを支えることができるかもしれない。 労働者協同組合は、こうしたケアのあり方と相性がよい組織だと思います。地域に必要な仕事を、そこで暮らす人たちが話し合いながらつくり、担い、支え合っていく。ケアを単なる商品にするのではなく、「お互い様」の関係を土台にした仕事として組み立て直す可能性があるからです。
言葉が届かないことは、権利が届かないこと
私の研究領域の一つに、多文化共生があります。2000年代以降、日系ブラジル人をはじめとする外国ルーツの人びとの暮らし、労働、社会保障、教育の問題を調査研究してきました。
その中で見えてきたのは、制度上は利用できるはずのサービスからも、外国ルーツの人びとが排除されやすい現実です。医療、介護、住まい、教育、就労。情報が届かない、言葉が通じない、窓口で適切に対応されない。その結果、必要な支援にたどり着けない人がいます。
私は、「言葉がわからないということは、権利が保障されないということ」だと考えています。コミュニティ通訳の役割は、単に言葉を置き換えることではありません。地域で暮らす人が必要な制度や人につながり、自分の権利を行使し、安心して暮らしていくための基盤です。 愛知県内では、外国ルーツの通訳者たちが労働者協同組合を創設しました。通訳者自身が、自分たちの仕事を持続させ、同じ地域で暮らす外国ルーツの人びとの困難を共に解決していこうとしている。そこに、とても大きな意味があると思います。

話し合いの様子
労働者協同組合は「たどり着いた」組織
労働者協同組合は、株式会社、NPO法人、一般社団法人などと並ぶ法人格の一つです。ただ、外国ルーツの通訳者たちの実践を見ていると、労働者協同組合をあらかじめ「選んだ」というよりも、活動のあり方を考えていく中で「たどり着いた」組織だったのではないかと感じます。
自分たちの仕事を協同することで持続させたい。地域で困っている人たちに必要な支援を届けたい。通訳という専門性を生かしながら、地域の課題を協同で担いたい。そう考えたとき、組合員が対等に関わり、話し合いながら事業をつくる労働者協同組合の仕組みが、自然な選択肢として見えてきたのだと思います。
多文化共生とは、外国ルーツの人びとを「支援される側」として見ることではありません。私たちの地域には多様な国籍、言語、文化をもつ人たちが暮らしています。そのことは地域とは障がいの有無や性や世代などの違い、多様性があることと同じです。だからこそ、誰もが人権を尊重され、多様な文化や生き方があることを認め合い、共に地域をつくっていくこと、そのことがより豊かな地域をつくるということだと思います。その意味で、労働者協同組合は、多文化共生を仕事と地域づくりの両面から進める可能性を持っています。
つながって働く、生きる、地域をつくる
今の社会では、一度立ち止まって、生き方を考え直すことが必要だと感じています。気候危機、戦争、分断、孤立、若者の将来不安。社会のさまざまな場面で、生きづらさが広がっています。
だからこそ、働くことを、収入を得る手段としてだけではなく、地域で共に生きる営みとして捉え直すことが大切です。1人ひとりがその人らしく暮らし、互いに支え合い、文化や違いを大切にしながら地域をつくっていく。そのための一つの方法が、協同労働だと思います。
「つながって働く、生きる、地域をつくる」。私たちがつくった「協同ではたらくネットワークあいち」では、この言葉を大切にしてきました。
労働者協同組合にも、事業を継続する難しさはありますし、話し合いながら運営するからこその大変さもあります。しかし、それを上回る希望があります。地域に必要でやりたい仕事を自分たちでつくり、人と人がつながり直し、暮らしを支え合っていくという私たちの幸せを協同で叶えるワクワクする選択肢だと思っています。
これから労働者協同組合に関心を持つ方には、最初から大きな事業を構想するよりも、まず身近な地域で「自分は何をやりたいのか、地域の人と共に楽しめることは何か」を話し合うことから始めてほしいと思います。その中から、本音で対話できる信頼関係が生まれ、話し合いを継続するなかで地域の課題・仕事の種が見えてくることがあります。労働者協同組合の可能性は、人びとが集まり、語り合い、自分がやりたいこと・地域に必要なことを協同で形にしていく過程の中にあるのだと思います。
朝倉 美江 氏 プロフィール
金城学院大学人間科学部コミュニティ福祉学科教授、同大学院文学研究科社会学専攻教授。博士(社会福祉学)。地域福祉、福祉NPO、移民問題を専門とし、協同組合や労働者協同組合、多文化共生、地域づくりなどを研究している。地域の実践現場とも連携し、誰もが幸せに暮らせる地域社会のあり方を探究している。

